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たかや@メディアディレクター

Airbnbの書道体験のホスト/フリーのメディアディレクター/男性美容、トレーニング、Lab-Tech、金融・資産運用、ライフスタイルメディアなど法人5社と契約。 コンテンツマーケティング全工程を担当。専門は調査・構成作り・編集・SEO対策・GA分析。 今後はフリーランスエンジニアへとキャリアチェンジを計画中。 35歳で完全自由を手に入れる。 プロフィール記事・動画はこちらから!

 

先日友人と遊びに出掛けたとき、鯉の餌やり場を見かけたので、餌をあげることにしました。

そしてボクらが近づくなり鯉は

バシャバシャバシャバシャ

とボクらに近づき暴れまくりました。

そのときの感想を一言

餌を食べることに消耗してんな

これは東京で仕事に追われ消耗していかサラリーマンの風刺画に見えました。

その見解についてまとめてみました。

欲求を満たすことが目的化することが、最も愚か

鯉は人が近づくと餌をもらえるもんだと思い近づいて行く。しかしそれは全員が考えること。従って常に競争が起きる。

しかし餌をあげる人はそんなに多くない。つまり餌を食べるには時間も体力も相当消耗する。しかしそれでも餌にありつける可能性は極めて低い。

つまり、餌を食べることに色々消耗するくせに、満足感を得られない可能性が高い。

これを人間で例えると東京で仕事に追われる人である。

  1. 東京には仕事もたくさんあり給料も良いので、働きに来る
  2. 給料は良いが、その分掛かる固定費(家賃・交通費・食費など)は高い
  3. また仕事や人の多い東京はストレスを抱えやすい
  4. ストレス発散のために散財する、また高い固定費を支払わないと生活できない
  5. 結局仕事をしてお金を稼ぐ
  6. 結局散財する

 

この繰り返し。

鯉が餌を食べることが目的化したことと同じように、人もお金を稼ぐことが目的化している。

つまり、

欲求を満たすことが目的化している

餌を食べることが目的となると、常に餌をあり付ける環境には飛び付く。お金を稼ぐことが目的となると、仕事は手放せなくなる。

手段が目的となると、常にそのループからは抜けられなくなる。得たものをどのように利用するかのアウトプットが用意されていない。

インプットしてもアウトプット先が用意されていなければ、何の意味もない。

多くの人は

「仕事をしてお金を稼ぎ、その過程で溜め込んだストレスを発散するためにお金を使う。そしてお金が無くなるのでまた仕事をする。そして発散する」

という愚かなループを自ら作っているのである。

お金を使うことに幸せを感じている以上は、一生幸せにはならない。

誰もいないところで消耗しない生き方が一番しあわせ


遠くでのんびり泳いでいる鯉はなかなか餌が来る可能性は低い。しかし、ボクみたいに遠いところに餌を投げる人も必ずいる。その場合は高確率で餌にありつける。

  1. 遠くでマイペースに餌を待つ
  2. 遠くに餌を投げる人が現れた場合高確率で餌を食べれる
  3. 餌を食べることに体力が消耗しないので、少し食べれば満足感を得られる
  4. 餌を食べるために時間も体力も使わないので、自分の好きなように泳げる
  5. 結果ストレスなく、楽しく過ごせる

 

まったく人間も同じである。需要はあるが競争も激しい、レッドオーシャンに飛び込み自分の時間もお金も掛けて、体力もメンタルも消耗する。そのはけ口がお酒だったり夜のお店だったりする。

しかし、需要は少ないが競争も少ない市場を独占することができれば、需要を漏れなく競争なく取ることができる。そしてそれは、個人レベルであれば十分に満足できる生活を過ごすことができる。

実際にボクは、書道の外国人需要を取り込みある程度の収入を得て、楽しく仕事もできている。

全員が漠然とした価値観のもと、お金をたくさん持っていればしあわせだと思っているが、それは違う。いくらあれば自分が満足するか?その額を明確に決めれば、戦略は需要の少ない市場を独占するレベルで十分である。

自分のしあわせの尺度を明確に持つことで、自分軸で生きることができる

世間には年収1000万円を稼ぐ人もざらにいる。しかし、それが自分のしあわせの尺度に合っているかが大事である。

お金を稼いでもしあわせにならなければ意味がない。

  • 自分がどういう生活をしたいか?
  • そのためにはいくら必要か?
  • そのためには何時間働く必要があるか?
  • それでしあわせになれるか?

 

これをすべて満たせる理想の環境を手に入れよう。そしてそれは、社会には落ちていない。自分で作ろう。




 

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